via blog-imgs-34-origin.fc2.comなるほど、これいいな。
つぎはこれかしら。。。
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つぎはこれかしら。。。
アンダーソン氏はユーザー行動の観察から、ユーザーは「心理的に自由(フリー)」になるために、次のようなことにお金を払うと述べている。
1.時間を節約するために、お金を払う
2.リスクを減らすために、お金を払う
3.愛着を感じるもののために、お金を払う
4.ステイタスを得るために、お金を払う
5.何かを作るために、お金を払う
これらから得られる教訓は比較的はっきりしている。仮に小さなゲームアプリであれ、ユーザーのニッチな要望を満たすような要素を組み合わせて入れ込んでおくべき、ということである。
また、プラットフォーム化を目指せる余地を戦略的に持たせるべきでもある。何をもってプラットフォームというかは定義が難しいが、今までのようにハードウエアベンダーだけがプラットフォームホルダーなのではない。ソフト単体でも十分にプラットフォームになる。
多様な動機を持ったユーザーが、特定のアプリを通じてコミュニケーションし、コミュニティーを形成していく仕掛けはすべてプラットフォームといえる。上記の3~5は、まさに他のユーザーを意識することで行われる行動である。
プラットフォームになる条件は明白だ。人数を集め、多くの人が継続的に使い続けてくれるかどうかにかかっている。ゲーム的なおもしろさは、自分と他人との相対的な比較によって生まれることが多く、それが人を熱中させる。そのためには参加してくれる人が多ければ多いほどいい。
若者たちは禁止の時代に生きている。普通の行動に思えることが、どんどん違法になっていく時代だ。彼らはこうした創作活動は違法だと認識し、自分自身を「犯罪者」と見なしている。そんな考え方に慣れつつある。
そんな認識は腐っている。法の支配という考えの腐敗だ。この腐敗の代価を考えれば、コンテンツ業界の損失など比ではない。
著作権法は変えなければならない。